温泉チャンピオン 郡司勇の温泉サイト » 2012 » 12月
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郡司が実際に行き、観察・記録した湯について書いています。
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温泉紀行
2012/12/31 中国 
山陰の温泉、秘湯、野湯1

山陰の温泉

1 湯の川温泉 松園 再訪 建築点75

2泊3日で山陰の温泉に行った 。再訪と新規の野湯があり、充実した3日間であった。

まず出雲空港から間近の湯の川温泉「松園」に行った。以前訪問したことがあり、再訪となった。湯は50.2度のNaCa―SO4、Cl(土類食塩芒硝泉)である。総計1560㎎の清澄な温泉であった。



透明、少石膏味、無臭の湯で掛け流しの内湯が一つである。ややつるつるの感触があり、日本三大美人湯にランクインしている。



特記することは、庭に大きな茅葺の宿泊棟が建っており高床式で平屋ながら2階の部屋のようであった。造りは原始的で縄文時代のような造りであった。

しかし畳敷きの良い部屋でスイートルームとしているのであろう。広い部屋であった。またもう一つ小さ目な登呂遺跡のような部屋ももう一つあった。こちらはベットの部屋であった。



2 出雲駅前温泉 らんぷの湯  80

久しぶりに山陰に来たので、新規に出来た、このランプの湯が未湯であった。良いといううわさがあり楽しみにしていた。



出雲駅前にある温泉センターで大きな内湯と露天風呂は一人用の小浴槽が3か所、源泉非加熱の浴槽が一つあった。27.2度の源泉浴槽は水風呂であったが加熱浴槽と違い色も薄く匂いも良かった。



総計4260㎎のFe-CaNa-Cl(含鉄土類塩化物泉)で鉄分を23.7㎎含有し加熱浴槽は赤く濁っている。源泉浴槽は緑色である。弱い塩エグ味で金気臭である。内湯、露天風呂ともに掛け流しで良かった。鉄分のためかキシキシの感触の湯であった。





3 出雲某温泉 温泉スタンド  80

普通の道路際にある温泉スタンド。しかしこの温泉は後ろにコンクリートの桝があり栓をすれば湯を溜められて入浴することができる。



7084㎎のNa-SO4,Cl泉(食塩芒硝泉)で59.8度である。透明、塩苦味、無臭で私の最初の推測ではNaCa-Cl 10グラムと推測していたが芒硝泉であったとは驚きである。



スタンドから出る湯が熱く冷ましても46度以上ある。忍耐の入浴となった。なんと芒硝泉でも濃いのはつるつるするのか?つるつるの感触がある。なかなか良い湯であった。



4 立久恵峡温泉 御所覧場  再訪 70

以前、それもかなり昔に訪問したことがある温泉。清澄な食塩泉だった記憶だがその通りの透明、塩味、無臭のきれいな湯であった。立久恵峡という景勝地にあり、露天風呂から対岸の岩峰群が見える。



景観は良いのだが湯は循環であった。





5 小田温泉 はたご小田温泉  再訪 70

他の人に運転を任せると睡魔が襲ってきて、うつらうつらしているうちに小田温泉に着いた。ここも再訪である。20.3度の規定泉でメタホウ酸、メタケイ酸にて規定の温泉である。総計970㎎なのでもう少しで塩類泉に入れるところである。



メタケイ酸75㎎ メタホウ酸7.3㎎である。この温泉は風雅な趣でご主人が絵付けしたタイルの貼ってある浴槽で、絵が描かれている。



ここで昼食としてうなぎ重を食したが天然ウナギは固くて腰があり私の味覚には合わなかった。湯は特に個性はなく透明、無味、無臭である。



6 某廃業温泉 垂れ流し  再訪 70

以前訪問したが、このたびは廃業しており、以前からあった玄関前の湧出源泉にポリバスを置き入浴した。透明、無味、無臭で実測22.5度なので放射能泉ではないかと推測する。



しかし今回の小屋原温泉での郡司勇ファンクラブオフ会の温泉マニアたちはみな温泉と確信して嬉々として入浴するのであった。



私も過去に宿の浴室で入浴しているが今回の携帯用コンテナバスで源泉直で喜んで入浴した。

 

7 某温泉 垂れ流し木製桝野湯   75

この温泉は古い地図に温泉マークが乗っていたところで私も過去に近くを捜索した温泉であった。しかし過去の湯治場は廃業し、建屋もなくまったくわからずに玉砕した温泉であった。



今回は詳しい人が下調べして、草地の斜面に湧出地があってそこになんと源泉槽まであった。



鉄分の多い水で茶褐色濁り、エグ味、金気臭、の温泉が毎分50リットルほど湧出していた。含鉄重層泉と思われた。25度には至っていない。竹藪の斜面にある四角い浴槽に入浴した。



 

8 某個人宅温泉 コンクリート桝   70

ここはヒットであった。温泉名もわからず、寺の名前だけわかる温泉で、寺の近くを彷徨して温泉らしきものを発見するという難行である。



しかし6人ほどの嗅覚できれいな別荘建築の前で、ここがくさいと聞き込みに入った。すると庭先に源泉がありこの別荘が温泉であることが分かった。



室内の浴槽には湯は張っていないが、庭先のコンクリート桝には源泉が流れている。みなこちらに入りたくて、入念に話を温泉への熱情に持って行く。

 

話し始めて10分くらいでこの源泉コンクリート桝に入浴OKが出た。分析表もあり総計241.1㎎の単純温泉で温度は17.6度である。何で規定なのかは書いていない。規定外だと思われる。



しかし透明、金気味、少金気臭であった源泉は、長年の堆積による鉄分で人が入浴するとまっ茶色に濁った。含鉄泉であろうと推測した。温泉名の看板も出てきてここが某温泉であったことがわかった。このお宅が温泉であることを突き止めたのは奇跡的であった。女性の参加者も湯あみ着で入浴していた。

 

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2012/12/22 新情報 
東ティモールの温泉2 

東ティモールの温泉の後半、離島のヴィケリ温泉と 山中の秘湯 ボボララン温泉、 草津の湯畑のように湧出し多きな50mプールのような浴槽の

あるマロボ温泉の三箇所である。

 

3ヴィケリ温泉 (アタウロ島)

東ティモールに行くだけでも大変なのに、ディリから離島に行く温泉。船をチャーターして行くのでこのような外務省の依頼でないと非常に高価であると思われる。



朝の7時半に乗船してちょうどディリの北側にあるアタウロ島に向かう。ホテルティモールの前の海岸がディリ港になっているので徒歩ですぐである。



ホンダ製225馬力のエンジンを付けた10人ほど乗れる船でアタウロ島に向かう。2時間かかり9時30分にアタウロ島に到着した。



小さな集落があるだけで、そのほかはまるで自然のままである。アタウロ島の港からさらに小さな船に乗り換えて温泉に向かう。4人ほどしか乗れない小さな細い船で両側に転倒防止の浮きが付いているタイプである。15馬力のヤマハエンジンである。ヴィケリ温泉は2か所にあり、「岩場の湯」と「砂浜の湯」がある。



まずこの小型船で30分以上で岩場の湯に到着した。岩の多い遠浅の海岸に温泉が湧出し、浜一帯が熱い。海に負けない温泉の湯量であるので合計すればすごい湧出量であろう。

                                                         岩場の湯

透明、強塩味、無臭で源泉は65~70度であろう。NaCa-Cl泉と思われる。海水より薄いので20グラムほどの総量と思われる。岩が多いが砂地も多く足元から温泉がどんどん涌いている。

                    岩場の湯

「岩場の湯」と呼ぶのは次に行く温泉が砂浜の上の陸地から湧出し海に流れ込んでいるためである。その岩場の温泉から、ふたたび小型船に乗り10分ほど行くとマングローブの林が海岸に沿って広がっている。

                   岩場の湯

その奥の海岸が温泉湧出地であった。「砂浜の湯」と呼ぶ。海際の海岸線上に湧出地があって少量の湯が海に流れ込んでいる。しかし砂浜がマングローブで湖状に閉鎖されているので大きな円形のプールのように温度のある湯溜りになっていた。こちらでも適温である。また海岸の上にそちこちにある湯溜りにも入浴できる。

                   砂浜の湯 遠景

20から22グラムの海水より薄い食塩泉で苦味もあるのでカルシウムも入っているであろう。この2つの温泉はほぼ同系であろう。熱いところでは60~70度のところもある。



砂浜の湯

熱い湯口を観察すると痕跡であるが硫黄臭も感知できた。ここの景観は美しく、穏やかな海とマングローブの林の間に温泉があり、海岸から湧出している熱い湯が表面に漂っているので浅いところで掻き回して入浴すると適温である。



東ティモールでも秘湯とも言ってよい海中温泉で日本では体験できない良い経験であった。小型船から10人乗りのやや大きな船に乗り代えてティモール本島に帰った。

                  砂浜の湯 源泉地

途中にアタウロ島の入り江でイルカが出没する地点に行って船の上で昼食をとった。今回はイルカは現れなかったが、船から海に飛び込んで泳いで遊んだ。ディリに帰り着いたのは午後遅くであった。






4ボボララン温泉

翌日はディリより西に走り、1日かけてインドネシア国境の近くのマリアナへ行く。ここに泊まり1日目には山の中にある徒歩1時間半の野湯ボボララン温泉へ行った。翌日、このツアー最大のハイライト、マロボ温泉に行く。宿泊はマリアナの小さなホテルでシャワーも水である。最初に行ったピリラ温泉の前を通りさらに西に向かってゆく。途中ポルトガル統治時代の遺跡で休憩。城のようになっており、コーナーに青銅のカノン砲が設置されていた。



東ティモールはどこでも人が住んでおり。日本でも特に北海道のようにオールオアナッシングではなく、どこにでも民家が点在している。子供が多く、将来人口は増えるであろう。主な交通機関は裕福な人でバイクである。道で交差するバスはどれも満員である。屋根に乗っている人や、ドアに捕まっている人もいる。



マリアナ部落に着き昼食をとる。手羽先のゴーヤ炒めを食した。ボボララン温泉は地方集落のマリアナから50分の村に行きそこから急な悪路の林道を30分以上走り林道終点まで行く。 その後歩き45分ほどである。林道を行けたので歩きが半分になり、普通は歩き1時間半であるという。妙義山のような峨々たる山の中腹にあり、山道を登ってゆく。



こんなに上に温泉があるのだろうかという思いがしてきたときに、沢の水流の音が聞こえ温泉が近いことがわかった。硫黄の匂いがしたと思うと温泉がすぐあった。硫化水素イオン5から10㎎の単純硫黄泉であろう。透明、たまご味、硫黄臭である。35から36度の源泉が岩より湧出し、3本の竹の樋で打たせ湯のように垂れ流されている。ここは東ティモールで唯一、子供プールが必要な温泉であった。湧出量は毎分150リットルほどで樋の先は温泉の小川になっている。



その途中に子供プールを開き温泉を溜めて入浴した。これで海中温泉、強食塩泉のピリラ温泉、離島のヴィケリ温泉の食塩泉とワイカナ温泉の石膏泉に続き単純硫黄泉があったことになる。この日はここからマリアナ部落に戻り昼食と同じレストランで夕食を取り、リスキーホテルという物騒な名前のホテルに泊まった。



 



 

5マロボ温泉

この東ティモールの温泉行きで一番の楽しみにしていた温泉。東ティモール西部のマリアナから南に下ってゆく。大きな山を越えて行く。



東ティモールははげ山が多く密林ではない。まるで南米のマチュピチュ遺跡に行くような高低差の大きな道路である。遥か下に谷底があり、視線の上には急峻な岩山がある。



その中をオフロードの悪路を進む。高い三角形の山の裏側に回り込む形で進んでゆく。温泉の近くで道路が悪くなり、急な下りになるがそこで車を止めて徒歩で下ってゆく。車はパジェロとランドクルーザーであるが登って帰れなくなる可能性があるほどの下りである。



ここは温度もあり湯量も豊富なのでポルトガル時代に開発されて石組みの露天風呂と階段状の湯冷まし階段のような設備ができている。車の終点より徒歩30分である。行きは急な下りであるが帰りは登りで辛そうである。途中に石造りのポルトガルが作った建築跡が残っており、宿泊のホテルだったようである。



この温泉は緩やかな斜面に湧出しており、源泉湯畑から段々で下り、露天風呂に注がれているのと、湯の川になって流れ去っているのと、どこで使われているか不明だが配管によって引かれている源泉の大きく3つに分かれている。



このマロボ温泉は48度くらいの含硫黄石膏泉(S-Ca-SO4)と推測され、白濁または緑白濁、青白濁している浴槽があるので硫化水素分は30㎎ほどあるだろう。酸味はなく硫黄泉と言ってよいであろう。



総計は2500~3000㎎と推測した。薄緑色不透明、たまご味、石膏苦味、硫黄臭多し、である。毎分2000リットルほどの湧出量があり、草津の湯畑のような源泉地から湧出し、階段状の湯流しを通り50メートルプールのような大きな浴槽に入れられている。



こぼれた湯は小川になり、緑色白濁だけでなく、そちこちで青白濁した湯溜りや白濁した湯溜りを造っている。色が湯溜りによって違い、写真の構図によって違う温泉のように見える。



たくさんの撮影位置があり、非常に多くの写真を撮った。しかしこの温泉の多様な全容を理解できないほどである。大きな50メートルプールのような大浴槽は腰の深さからだんだん深くなり一番奥は足が立たないほどの2メートル以上の深さになっている。



ここの特徴は日本ではすでに数少なくなった、鉱泥が底に堆積していることである。例で言えば阿蘇の地獄温泉すずめの湯のようである。しかし入浴者が少ないので多量に残っており足元からすくって肌に塗りつけることができる。10センチ以上はたまっているであろう。



48度くらいの源泉は大露天風呂では43度ほどに下がり日本人には適温である。しかし現地人には熱すぎるようである。私の意見ではこの大露天風呂のオーバーフローでさらに下に露天風呂を造ると40度以下になって良いであろう。



湯の川の各所で写真を撮り、大きな露天風呂では絵になりづらい、段々の湯冷まし場では打たせ湯のような写真を撮った。



このマロボ温泉は日本の温泉に比べても草津ほどのポテンシャルを持っており、放置されているのは残念である。まず道路整備と現地人用のヌルい浴槽を造ることが急がれると思われる。



 





 

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2012/12/08 新情報 
東ティモールの温泉1 

東ティモール温泉

まえがき

外務省から東ティモールの温泉に行って、その調査結果を相手国に報告してほしいとの依頼があった。それまでは私は東ティモールがどこにあるかも知らず。さっそく世界地図で探した。なんとインドネシアの中央にある島国である。ジャワ島とバリ島の並びにあって南緯10度ほどの位置にある。

大きなニューギニア島の西にあって広大なインドネシアのほぼ中央の島国である。セレベス島の南でオーストラリアの北である。オーストラリアのダーウィンからも航空便が出ている。日本と韓国ほどの近さである。



シンガポール空港の中庭

ティモール島は四国ほどの大きさながら東ティモールはその東半分なので広さは岩手県ほどである。しかし道がわるく東西に長いので中央部にあるディリから東に行くとバウカウという村があるが1日がかりである。

 

また西のマリアナという部落まで行くのも1日がかりである。全部で6か所の温泉に行ったが海岸に湧出している温泉や樋で流れている野湯があるので子供プールが必須だと思った。全裸で入るという習慣も無いために海パンも持参した。

またマラリアの危険地帯なので日本で予防薬を処方していった。これが行く日の前日から飲み始めて帰ってから1週間飲むことになる。9日間の旅行なので16粒の薬を購入したがなんと3万6千円もした。この費用は請求できるのでよかった。



シンガポールからティモールへ行くシルク航空

ほかに考えないといけないのは蚊に刺されないような予防策である。虫除けスプレーを持参して外出前に塗る。そして入浴後にまた塗るということをしないといけない。またさらに予防の意味で携帯用ベーブマットも用意した。

カメラは防水用2台である。電池がそれぞれ3個で日本とは違う210ボルトの電源だが充電器は対応しているので差し口のみ調べて日本とは違う合致する形式のものを持参した。着衣類は半分の5日分持参して1回洗濯するように考えた。



ディリの空港施設は小屋が1つのみ

 

今回の飛行機は羽田着発でシンガポール行きである。夜の11時台に羽田を出発してシンガポールに朝の5時半に到着する。ANAのB763で11時半発翌日5時半着であった。そして9時ごろの東ティモールの首都ディリ行きに乗り換えるのである。シンガポールの空港内でつくね、レバー入りのラーメンを食べた。

シンガポールからはシルク航空のエアバスA319という小型機である。でもジェット機であった。ディリ空港に到着した。驚くことにビルがない、平屋の屋根の高い現地の伝統建築風の建物が入国審査場であった。



空港前の広場

密林のジャングルを想像していたが、それほど木々は多くない。疎林である。乾季に行ったためでもあろうが、都市ガスが整備されていないので木々を日々の炊事の燃料に使ってしまうためであろうか?はげ山のような地形もある。

ディリ市街は車が多く、それに増してバイクが多い。125㏄から160㏄のカブ型のバイクで日本での主流のスクーターではない。これに2人乗りで数多く走っている。道端には商店があり草葺きの屋根のバラックである。地面に商品を並べて売っている。通貨はアメリカドルである。



ホテル前の露天市場

 

私たちは東ティモールでは最高級の日本で言えば帝国ホテル級のホテルティモールに滞在した。しかし日本で言えば場末の古びたビジネスホテルのようであった。建築は3階建てで東ティモールでは大きな建築である。

ほかのほとんどの建築は2階建てである。ついに行かずじまいであったがプールも付いている。ディリだけが自動車があり地方部落に行くとほとんどバイクだけになる。ホテルティモールは白い壁の立派なホテルで部屋はツインの広いものであった。



ホテルティモールの客室

1ピリラ温泉

このピリラ温泉はディリから西に2時間ほどの海岸にあり到着日の午後にさっそく行った。海岸の砂の中から湧出し足元湧出源泉である。熱源があり海水が熱せられていると思われ透明、強い塩味(海水と同じ)、無臭であった。まず熱源の多い地帯をスコップで掘り小さな浴槽を作った。



子供プールを波除けにして堤防を造り、底を掘って30センチくらいの深さになるような浴槽を造った。ここでの湯温は40度くらいになった。源泉は50度から60度はあると思われお尻が熱い。大潮の干潮時のみ現れるということで、北海道の水無海中温泉のようである。



砂浜に大きな犬のような形をした岩が突き出ており、その横に湧出している。砂浜と岩場の境が温泉で風景は素晴らしい。ちょうど夕日になってきたので景観はさらに美しくなった。推測で分析表を作成しないといけないので海水と同じ強食塩泉の60度と推測した。



やや苦味もあるのでカルシウム分を入れて総計25グラムほどの即興の分析表を作成した。ただし、開発してケーシングなどで湧出地帯に源泉施設を造ればさらに温度は上昇し、湧出量も多量にあると思われる。指宿の砂湯や山川の砂湯と同じである。



ここに行く途中に海岸の海水を陸地に引くことをして塩を造っている自然式の塩田があった。草ぶきの小屋が点在し廃墟のようであった。ここで作った塩が道路沿いで袋に入れて売られていた。



2ワイカナ温泉

翌日は11時にホテルを出て東のバウカウという集落に向かうだけである。翌日にさらに山奥に入りワイカナ温泉に行くためである。ホテルティモールの朝食はバイキングで主な食事はやきそばとチャーハンである。これに果物、飲み物、パンが付いている。多種類の果物がありここが熱帯に来たという思いが伝わってきた。



東ティモール第2の街バウカウに行く。車で3時間ということであったがさらに時間が掛かりバウカウに着いたのは夕刻であった。というのもディリで少々観光をした。

まず88食堂という店で海鮮ヌードルを食し、地元の市場を見学した。現地人が赤い木片を噛んでいる。私も試してみた。梅干しのような木片(固い)ものと石膏のような白い粉、草の茎を一緒に噛む。これが煙草のようなものだと説明されたが、強烈なめまいがして、酔いを発した。一時酔いが強烈で座り込んでしまった。これは1ドル弱なので以後使わず捨ててしまった。



ピンク色のきれいなホテル

地元のビールはタイガービールが主流である。ほかにギネスのようなコクの強いビールもあったが、いつもタイガービールを飲んでいた。

旧ポルトガル植民地時代の市場跡の残るバウカウのピンク色の外壁のきれいなホテルに泊まった。バウカウでは良い方のホテルである。海の見えるテラスが付いておりリゾート気分になった。小高い丘にある市街で斜面に草葺きの小屋の現地人の家が点在している。旧市場跡はヨーロッパの意匠で約400年の歴史があるという。

ワイカナ温泉全景

ホテル近くのレストランで焼き魚と肉の料理が本日の夕食であった。日本の温泉に比べ、一つの温泉に行くのに宿泊してゆかなければならないのは大変な方であろう。翌日朝からワイカナ温泉に向かう。道が舗装してなくなり、約40分は悪路の林道である。



林道の終点が温泉である。きれいな透明な温泉が長さ25メートル幅7メートルほどの大きな湯だまりになっていた。日本で言えば南紀の川湯大露天風呂であろう。ここは上に源泉の川がありこの湯溜りに2か所から流れ込んでいる。そして入浴してみると足元からも湧出している。

源泉地付近は野湯

流れ込んでいる付近は32度ほどのヌル湯で足元湧出付近に行くと35度ほどであった。透明、少苦味、石膏味、無臭であるが上から流れ込んでいる部分は仄かな硫黄臭があった。おそらく分析表に載らないほどの少量であろう。



HS 0.1~0.2であろう。ここでの分析表造りは総計1500㎎ほどの石膏泉だと推測して、カルシウム、ナトリウム、硫酸塩泉として作成した。



流れ出す部分は小川になっており、この温泉の湧出量は毎分300~400リットルであろう。バウカウから約2時間で山奥でありながら各所に民家が点在しており都市集中型の日本とは違う。山奥でも自給自足して生活していることがわかる。昔の日本でもそうであったろう。




旧日本軍が掘った防空壕もありこんな山奥にも日本軍が行ったとは驚きであった。この日はバウカウを経由して一気にディリに帰った。



有名なビーチの景色

 

 

 

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